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![]() タ・モックの家を見に行ったんだけど、確か山の上にタイとの国境があったと思う。 地雷マークだらけでした。マークがあるだけまだいいけど… 泊まったゲストハウスは本当にひどかったけど、宿の裏の景色は幻想的でした。 朝もやの湖が広がって、写真で見ると絵画みたいな不思議な風景。 アンロン・ヴェンは鹿が食べられることでも有名でした。 村の入り口に鹿の像があったと思う。 ごはんがおいしい所だった印象が強いです。 最近あまりにもカンボジアと離れていて、記憶が曖昧になってるわ… ![]() More ![]() プノンペンではシクロ(↑)もよく見かけました。(シェムにはなかった。) バイタクと比べてそんなに安いわけでもなく、遅いし、狭いし、危ないし、暑い。 私は数えるほどしか乗ったことがないんだけど、確かに、観光客にはうけるかもしれない。 ベトナムをイメージして、いわゆる「アジア」を感じている気分になります。 でも、プノンペンって、シェムに比べて観光客はとても少ない。 シクロが絶滅しないのは、観光客のみならずプノンペンのカンボジア人が利用しているからだと思う。これが謎なんです。もちろんバイタクの方が利用頻度は高いだろうけど、それでもシクロに乗る人がいます。なんでバイタクじゃなくてシクロを選ぶのか? いや、別にシクロ反対派なわけではなく、純粋な疑問です。 シクロって、誰も乗せなくても漕ぐの大変そうなんだけど、たまに4人も5人も乗せてるの見ました。あの狭いシートにどうやって乗っているのか、すごく疑問だったけど、それ以上に漕いでる人がおじいちゃんとかで、あんなあっつい中、あんなにたくさん乗せて走って大丈夫なのか心配になりました。 シクロに乗ってると、漕ぎ手に申し訳なくなります。ごめんね、暑いのに…って。それに、あんな排気ガスがひどい街で走ってたら身体にも良くないし。 それでついつい多めに払っちゃうから、危険です。 今でも、プノンペンではシクロが走ってますか?カンボジア人は利用してる? いつか、姿を消す日が来るのかなぁ。 ![]() 正確に言うと、ニャック・ポアンへ行く道です。 たぶん、3回目にカンボジアへ行ったとき、かな。10月ごろ。雨季終わりごろ。 当時は、遺跡に行く道も舗装されている道が少なかったから、雨が降るとこんな状態。 遺跡の入り口でバイク降りたとき、水没している道を見て、どーやっていくんじゃい!って思ったけど、ちゃんと渡し屋さんがいた。お金、払ったかなぁ…覚えてないや。 道が水没すると、儲かるのは近所の人たち。 ポイペトからシェムリアップまでのあの悪路。昔は雨季になるとしょっちゅう道が水没したり、橋が落ちたり、トラックが泥沼にはまって横転したりしてました。その度に長蛇の列。 で、道が水没してるもんだから、迂回路ができます。または、即席で橋を作ります。そしてちゃんと交通整理してくれる人たちに従って無事に道を渡るわけです。 この、交通整理してくれる人たちが、近所の人たち。もちろん、ボランティアじゃありません。ちゃんと通行料を取ります。だから、わざと道を水没させてるんじゃないか、と言われている。真偽のほどは定かではありません。 最近は、あんまり雨降らないみたいですね。雨季になっても、トンレサップがあんまり大きくならないとか。あの、シェムリアップの街からトンレへ行く一本道の両側、今は雨季も乾季もあまり景色が変わらないのかな。雨季は水浸しで釣りができて、乾季は一面青々とした草原と田んぼだったのに。あの変わり様は、アンコールに次ぐ神秘です。もう見れなくなってしまったのだとしたら、本当に悲しいなぁ… More ![]() まったくお正月を感じることができなかった… そうこうしているうちにあっという間に2月。今日は節分、ということで、雪の中コンビニへ行き、お豆と恵方巻を買って来ました。今年は南南東に神様がいるということで、窓を開けて南南東を向いて寒いけどがんばって恵方巻を食べました。 そして豆まき。今日が雪でよかった。お隣さんの家の屋根に豆を巻いても、雪に埋もれるので音がしない。小声で「鬼は~外~」と言いながら豆をまき、「福は~内~」と言いながら年の数だけお豆を食べました。「腰が早く治りますように」って祈りながら。 日本人は、初詣でもなんでも、立ったままお祈りすることが多いと思うんだけど、カンボジアでは、立ったままお祈りすることはほとんどないような気がします。 お祈りの仕方は大体決まっていて、床に、いわゆる「お姉さん座り」をして顔の前で合掌します。それから手を床に置いて土下座みたいな感じで頭を下げる。これを3回繰り返します。お線香を手に挟んだりするんだけど、お線香持ってたら床に手をつけないので、先にお線香を挟んでお祈りしてから、それを仏様に捧げて、3回頭を下げるんだったかな。あと、仏様にお水をかけたりします。パッパッと、少しだけね。これは、仏様をきれいにしているんだと思う。(…違う?) カンボジアにいると、お寺に行ったりお坊さんに会ったりする機会が多くなるので、自然とやりかたを覚えます。やはり、慣習で初詣に行き手を合わせている我々より、日頃から信仰心の強い彼らの方が、祈りを捧げている姿は神聖に映りますね。 ![]() ![]() 二つの丘からなるウドン山があって、都がおかれていた当時(1618~1866)の仏塔と、最近建てられた仏塔がそびえています。仏塔の上の方がアンコールのバイヨンみたいに四面仏になってるんだけど、その顔がけっこう気持ち悪くて、私は好き。 外国人よりもカンボジア人の観光客が多いみたいですね。山の上からの景色もけっこういいですよ。プノンペンから日帰りできるので、行ってみてください。 さて、今年もあと2日。最近忘年会続きで無理をしてしまい、腰の調子がすこぶる悪く大掃除もできずに横になってばかりです。いつになったら痛みはなくなるのかしら…とブルーになりつつも、がんばってリハビリしてます。来年はどうか健康で1年過ごせますように… みなさま、良いお年を。 UDONG ![]() カンボジア在住外国人も随分お世話になっているはず。私もよく友人達とバイクを飛ばして遊びに行きました。国道6号をポイペト方面へしばらく行って、右折。またしばらく走って、見えてきた坂を上ればそこには大きな湖が。それが西バライ。 アンコール遺跡を巡る際にはルートの一部として組み込まれることが多いので、外国人観光客もけっこう来る。が、いつ行ってもカンボジア人の方が多いかな。特に日曜の午後は、家族連れや学生達でにぎわってます。 木陰にゴザをひいてハンモックを吊るした休憩所が並び、近づくと売り子が走って寄ってくる。「5000リエル!」「うちは4500!」とか言いながらついてきます。休憩所を借りて、買ってきた焼き魚や焼き鳥、ご飯や果物を広げてピクニック。おなかがいっぱいになったら、ハンモックで昼寝。暑くて目を覚ましても、バライで泳いで水浴び代わり。濡れた服も、バイクで走って自然乾燥。誰に咎められることもありません。ホントに、毎週末夏休みみたいな生活。今思えば、ずいぶん贅沢な暮らしをしていたなぁ。 巨大貯水池と言われたり、宗教施設と言われたり。アンコール王朝時代に人の手によって造られた西バライの正体は諸説あるようですが、今はアンコールワットのお堀同様、カンボジア人たちには無くてはならない遊び場です。タイヤのチューブを膨らませた浮き輪でプカプカしながら、真っ白い太陽に焼かれるのもけっこう気持ちいいですよ。ただ、乾期は暑すぎるので、雨期に行くことをお勧めします。 ![]() 空と緑と赤土のデコボコ道。そして水牛。 照りつける太陽の光で、すばらしくヴィヴィット。 カンボジアの空は本当にいい。広くて青くて澄んでいる。どこまでもきれい。 そんな空と、地平線まで続く緑を見ていると、この世界には空と大地しか存在しない気がしてくる。東京の狭くくすんだ空も、このカンボジアの空とつながってる。 同じ太陽、同じ月を見てる。 東京で、毎朝ラッシュの電車で出勤し、余裕のないせかせかした毎日を過ごしていても、この空と大地を思い浮かべると、少し心がスッとする。風が吹いたような気がする。 このカンボジアの空と大地が遥か遠くに存在していること、そして自分とつながっていることを、忘れないでいようと思う。 ![]() 5、6年前から、何回通ったかわからない場所。タイ側の町の名前は、アランヤプラテート。カンボジア側はポイペト。ここに来ると、両国の違いを改めて認識させられる。 タイ側のイミグレーションは、ここ何年かで新しくなって、ずいぶんきれい。広くなったし、エアコンが効いてる建物の中でスタンプを押すようになった。これって、すごいことだと思う。 一方カンボジア側のイミグレは小さいし、エアコンが効いてるのはスタンプを押す人達がいる部屋だけ。窓口も、たいてい2ヶ所しか空いてない。 タイとカンボジア。バンコクからバスで国境越えをした旅行者がまず驚くのは、ポイペトの悪路じゃないかな。タイって、本当に道がきれい。道がきれいだと、物や人が行き来する。そうすると街が発展する。 ポイペトからカンボジアに入ると、特に雨期はひどい。ポイペトの街がまずひどい。何年か前にポイペト-シソポンは道がきれいになったはずだったんだけど、今回行ってみたら、ポイペト出てからしばらくは、かなりひどかった。道路は穴だらけ。この道を、よくこれだけスピード出して走るなぁ、って感心する。 シソポン過ぎてからは、道路整備がすすんだらしく、道が広くてきれいになってたけど、もちろんコンクリート舗装されていないので、いつまでもつかなぁ、という感じ。今年はすでによく雨が降っているらしく、道の両側は湖みたいになってた。道が沈むのも時間の問題のような気がする。 国境は、荷物をめいっぱい積んだやたら大きいトラックやリヤカーが行き来していて、日傘を差した子供達が「ソム・ローイ」と言いながら追いかけてくる。何件かのカジノとホテルが隣接していて、カジノの中と外はまるで違う世界。毎日の食べる物にも困る生活をしている人達は、カジノでギャンブルに大枚をはたく人達を一体どういう目で見ているんだろう。 国境では、たいていのカンボジア人はタイ語が話せる。でも、たいていのタイ人はカンボジア語が話せない。おそらく話す気もないし、話す必要もない。タイ側の市場で店を出している人達には、カンボジア人がけっこう多い。行きに入った食堂も、帰りに座った屋台も、カンボジア人経営だった。カンボジア側で商売をしているタイ人を見たことはない。 陸で国境を接していない日本で育った私には、一歩踏み出せばそこは違う国で、違う言葉を話す違う民族と深い関わりを持って生活しなければならない、という状況がどんなものなのか、よくわからない。当然そこには差別や侮蔑があって、それは彼らの日常のはず。彼らはそれらをどうやって自分達の中で消化して生きているんだろう。 タイとカンボジア両国民の感情はとても複雑。でも、今のカンボジアはタイとの関わりなしには生きていけない。特に、国境の人々にとって、タイは日常。タイ人、カンボジア人、外国人旅行者が入り乱れるポイペトは、様々な感情の溜まり場のような気がする。だからいつもあんなに騒然としていて、観光で来た外国人は圧迫感を感じるのかもしれない。 でもそんなポイペトが、私はけっこう嫌いじゃない。 More ![]() 様々な紆余曲折を経て、たくさんの方の協力の下、2004年1月に学校は完成しました。私は当時シェムリアップで日本語を教えていたということもあり、最初の3ヶ月で村を去りましたが、開校式には参加して、学校にカンボジア国旗が掲げられたときには涙を流しました。 プロジェクト発起人の彼は、昨年10月に学校に井戸を作りました。地中に厚い岩盤があり、学校建設当時に3回も失敗した井戸作りを、彼はあきらめずに成し遂げてくれました。彼は今もプノンペンに滞在し、学校へ生徒達の制服を届けたりしています。 今回私はその彼と何人かの友人と一緒に、開校式以来初めて学校を訪れました。メンバーの中では、おそらく私が最も遅い再訪となったのではないでしょうか。 初めて村に来たときには草や木が茫々生えていた土地はきれいに芝生となっていて、花壇が作られ花が咲いていました。木陰にベンチがあり、少女達がおしゃべりしていました。広い校庭では男の子達がサッカーをしています。1時間前に教室へ入り、予習をしたり掃除をしたりする子もいました。 そんな子供達の姿を見て、私は建設開始以来初めて「学校作ってよかった」と心から思えました。村に滞在していた3ヶ月間は、色々と悩んだ3ヶ月でした。正直、自分達がしていることが本当に正しいことなのかどうかも疑問でした。でも、今回村を訪れ、子供達が真剣に勉強している姿や彼らの笑顔を見て、救われたような気がします。子供達に、そして、村に行った方がいい、と強く勧めてくれた発起人の彼に、感謝しています。ありがとう。 最後に、学校建設及び井戸作りにご協力いただいたたくさんの方々に、心からの感謝を伝えたいと思います。本当にありがとうございました。 More ![]() サンダルというより足がいっぱい並んでてかなり気持ち悪いです。 サンダルは大体$3ぐらいでした。高いと$7とか。向こうにいた頃はサンダルなんて履ければよかったから、1足を履き続けてつぶれたら新しいのを買う、という感じ。あまり物欲をそそられるような物も売ってなかったしね。 日本はすごいよ。物のかわいさもそうだけど、ディスプレイや広告の仕方も。服も靴も1年中コロコロスタイルがかわって、毎年ハヤリがあって。そういうのを考える人たちがいて、それを買う、買える人たちがいる。新しいモノが次から次へと生まれて、それについていけないと「そんなことも知らないの?」と言われる。(私は何回言われたことか…^^;) まぁ、どっちがいいとは一概には言えないけど、少なくとも自分には、毎日同じサンダル履いてるのがみんな当たり前の生活の方が合ってるかな。
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